2022年07月28日

越後三十三観音巡礼その4 後半

越後三十三観音巡礼その4 後半
第十二番札所は南魚沼市にある天昌寺です。ご本尊は正観世音菩薩さまです。
DSC_1156.JPG
巡拝をお願いすると、鍵を貸してくださって隣の階段を上った先に正観音菩薩さまがいらっしゃるとのことでした。暑い日で汗を流しながらお参りしました。
DSC_1162.JPG

鍵を返しに戻ると、住職の奥様と思しき方が「法要から戻ってきたところ」「お饅頭をどうぞ」と地元の名物のおまんじゅうをくださいました。美味しかったです。ありがとうございました。
DSC_1160.JPG
■ご縁起
 養老6年(722)天下に悪病流行す。藤原房丸公(鎌足の曾孫)観音菩薩を祈念し、一子を得た前の因縁により、尊像を彫して加護を受けんとて、越の聖者泰澄大師に懇願した。長和元年(1012)密教行者恵心僧都、諸州の霊仏巡拝の時、当地魚野川西に紫雲天頂を覆える飯盛の山あり。怪みて窺うに大樹の下に朽たる大古仏一躯在り。礼せば泰澄大師作の正観音の像なり。依って自ら脇侍多聞・持国二天及び薬師像を彫し侍神とした。延徳元年(1489)雪洞庵七世禅実和尚を請し開山とし曹洞宗となり、天正元年今の寺号となった。

第十三番札所は魚沼市田川にある弘誓時です。こちらのご本尊も正観世音菩薩さまです。こちらの入り口には自前と思しき跨線橋が設置されていました。
DSC_1165.JPG
敷地に中には鉄筋の建物があり、お寺とは程遠いイメージでした。
DSC_1168.JPG

奥には立派な建物がありました。やはりここでも誰にも会いませんでした。
DSC_1173.JPG
■ご縁起
 長元5年(1032)京都の醍醐寺の名僧海信阿闍梨が、巡錫の折、白山権現のお告げにより、この地で敬刻、醍醐寺第五世仁海僧正により開眼されたのが、この観世音菩薩である。元中元年(1383)足利3代将軍義満公の奥方が、長子義持公ご誕生のとき、この観世音に安産祈願をされ、無事義持公が御誕生されたところから、「子安観音」といわれるようになった。その後嵯峨御所より十万石の格式を与えられ、元禄14年に京都智積院の法流を相承し、常法談林所の免許をうけ、多くの聖経、寺宝、古文書を有している。

posted by ニレイ at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/189700950

この記事へのトラックバック